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2008年 06月 22日

ライクな人

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080620_raiku/

ガッシュ後半のしょぼさに「ああ、やっぱり休載でモチベダウン、読者の期待アップの中で生き残れなかったか」と感じました。
ガッシュ後半のしょぼさに「ああ、ひょっとして延命させられてるのかな」と思っていました。


まやっぱりこういう土地柄か育ちのせいか漫画家の知り合いがいくらかいまして、
編集さんに関しては私もちょこちょこご縁があります。
今回のあの記事をうちで取り扱わないのかという話もふられたりしていたのですが・・・


あ、今思いついたんですが「なまる」って鹿児島弁ですかね?食べ物や料理が腐ることを指すんですが。
すみません思いついた先から書いていかないと忘れてしまうもので。


ええと、そう、うちでサンデー訴訟について取り扱わないのかと言われていました。
うーん、私達もまぁだいたい同じことで愚痴を言い合うこともあったりした(私は聞く側ですが)のですけれど、
正直どう記事にしたらいいかわからなかったんですよね。


なんというかみなさんご指摘されている通り、私も仕事しない上司に癇癪起こすことなんて日常茶飯事ですし、
それで怪我するようなことも稀ですがあります。
こちらのBlog側でも以前書きましたが、結構本気で「拳は雄弁」派なので
気に入らないところがあったらまず互いに(拳はともかく)喧嘩することから始めるべきだと思ってます。
互いの主義主張を包み隠さずぶつけ合うこと。
つまり、互いがどこにどれだけの気合をこめていて、どこにどれだけの反発を示しているのかを端的に示すこと。
勝った負けたは関係なく、暴力と罵倒には、そういった要素が織り込まれていると本気で思っています。
にこにこして言いたいことを隠しながら遠まわしに言うことなどは、私には考えられないんですね。
互いの頭の回転の良さ、悪さも影響します。私はバカですから、全く理解しないでしょう。
でもそれ以上に、互いの「主張が通じない」というストレス下では、それが転じて嫌味になりかねず、悪いほうにしか転がりません。

拳、感情というものは人間が最初に手にした言語だと思っています。


雷句先生が何をお考えか全てを理解してはいないと思いますが、怒りは伝わってきます。
ただその文章には、それだけにおそらく誤解されかねない部分も多く含まれるでしょう。
実際、今回の件で検索をかけると「編集の持ってきたアイデアが使えないというのはおかしい。
それを使えるようにするのが漫画家だろう」という指摘もよく見ます。
「担当は取材してくるのが当然」と取られかねないのではないかと思ってしまいます。
現段階では互いの主張ではなく、雷句先生の主張、要求面だけしか判断材料がありません。
拳も語気も補足も、表情の変化すらもないためそれらだけが色濃く見えてしまうのですね。

ですが例えばこの冒頭部リンク先のインタビュー記事内の一節
新人というものは編集からのどんな無謀な意見でも面白くしていくのが、常識でした。
逆に言えば、月刊連載と言ったときも話の打ち合わせのときに「次どうしましょう、編集さん?」
と聞くと「次、女医出さない?いわゆる、女性の医者だよね」「…はい」「じゃ、よろしく!」
これを「30秒打ち合わせ」と言うんですね、とても印象に残ってます。
やっぱり新人なんてそんなもんです。自分も結局、何を言われてもあとは自分で揃えて持って行く、
それで気にくわなかったら直しを出されて。じゃあ今度はこうやって、編集を驚かせてやるぞ、
みたいな感じでやっていく、と。

このあたりから、雷句先生が編集の案をいかに面白く出来るかという「努力」を軽んじているわけではなく、
それらが作家の育成上で重要な要素となっていることは確か、としていることが汲み取れます。

文章から相手の気持ちを正しく読み取ることはとても難しい、という良い例ではないでしょうか。

すでに複数漫画家(私新條作品って嫌いなんですが、中の人もかなり苦しんでいたようですね)
のBlog等で小学館は逃げ場がなくなってるとも言える状況ですが、それでもまだ主張を聞いていない限り
なんとも判断しかねる状況です。軽はずみにBlog記事書いて「そりゃ小学館が悪い」とはいえないんですね。


とはいえやはり性格的に似通ってるところがあるようですし、雷句先生を応援してるんですが。

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にしてもなんというスタジオ・・・ものすごいですね・・・
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by goukasoshina | 2008-06-22 10:10 | 最速の日常


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